ヴィーテ・イタリア オーダーメイドツアー 旅行記 その3


   ポーリ蒸留所  Poli Distilleria

   僕がこの蒸留所を訪問地に選んだのは、数年前に日本で行われた  
   テイスティングセミナーで当主のヤコポ・ポーリさんの熱心な語りっぷりに
   とても好感を持ったからです。

   その時のレポート ⇒ コチラ



   

  バッサーノ・デル・グラッパの街です。アルプスからのブレンタ河の
  畔、とっても静かで美しい小さな街です。
  (写真はイタリアのWebサイトから拝借)


  「グラッパ」という名前の付く唯一の街です。フランスのコニャック村と
   いっしょですね。蒸留酒の名前が行政区画の名前になっている・・・。

   余程の飲んだくれがいた街でしょうか(^^;)

  ポーリ社の博物館とショップは、バッサーノ・デル・グラッパ村の象徴とも言える
  パッラーディオのポンテ・ヴェッキオの袂にありますので、橋を渡って、ブレンタ河
  からアルプスを望む風景を楽しみました。

  夏場はキャンプ客などでにぎわうそうです。
  (こんな美しい橋を見ながらキャンプって・・・・なんて幸せなキャンプでしょう!)

  実はアポイント先は別の場所、つまりは博物館ではなく蒸留所だったので
  少々あせりました・・・・・すごいオオボケです ^。^;


  

  橋の内部が修復工事中でした。ちょっと残念。でも、ちょっと急ぎ足で
  アポイント先の蒸留所に向わなければならなかったので、ゆっくりは
  できませんでした。

  写真がなくて、申し訳ありませんが、ポーリ蒸留所ばバッサーノ・デル・グラッパ
  からヴィチェンツァに向う国道沿いにあります。

  ミラノからバッサーノ、そして極東のトリエステまで延びている国道沿いです。

  遅れてきた僕たちをヤコポ・ポーリ当主が優しい笑顔で迎えてくれました。


  ◎応接間で

  最初はオフィスを兼ねた応接間に通してもらいます。

  色んな昔の蒸留器具や会社の歴史がわかる写真が程よい間隔で飾られています。

  この日はちょうど日曜日。
  「日曜日なんですけど、なんとかなりませんか?」という僕のごり押しメールに
  に快く答えてくれての訪問実現です。

  まずは、そのことに感謝するところからスタートしました。

  そして、最初は地図を見ながら地理のお勉強から。

      「私達は20に分かれたイタリアの北東部の
                        ヴェネト州にいます。」とヤコポさん。


    赤い線で区切られたのが各県です。 「北には
   ベッルーノ県、南にはロヴィーゴ県、そして西から横にヴェローナ県、ヴィチェン
   ツァ県、パドヴァ県、トレヴィーゾ県、そしてヴェネツィア県と並んでいます」 

  「今、我々はヴィチェンツァ県にいます」
  (地図のやや左上の赤い印の辺りです)


     バッサーノ・デル・グラッパはちょうどこの地勢地図の
    左下の集落で、つまりはアルプスを抜けてオーストリア、ドイツ、北ヨーロッパに
    抜ける主要道路のちょうど出入り口にあたる場所です。

    東にヴェネツィア、トリエステ、西にミラノ、北はアルプスを越えてヨーロッパ
    ですから経済的要所ですね。

    その昔、アルプスを越えるなんて命がけだったと思います。

    とするとその出発点、そして到達点でもあったこの街にグラッパがあって
    エネルギー源となり、この街が大いに栄えたというのは非常に説得力が
    あります。

    街の名前はこの街の北にある山が「グラッパ山」という名前で、街がその低地
    (バッサ)になるからです。グラッパの密造者の多くがこの山で隠れて蒸留して
    いたというわけですね。

    しかし、その昔、わざわざアルプスを越える人たちがどんな人たちだったのかに
    思いを馳せるとローマへのキリスト教巡礼者の姿を想像できるはずです。

    ワーグナーのオペラ「タンホイザー」の序曲の重〜〜い挿入部を思い出して
    下さい。アルプスを越えるローマ巡礼者の息に絶え絶えの息遣いとも言わ
    れる重苦しさとアルプスと越えた歓喜、罪が許された法悦が混ざった重厚かつ
    壮大な音楽ですが彼らがグラッパを飲んで喜びを噛みしめる、その飲み物が
    命の元と考えるのは至極腑に落ちるものがあります。


    「タンホイザー」にピンと来ない人はコチラで軽く聴いて下さい。
    (「巡礼の合唱」をクリック) できればオーケストラ版をCDで聴いてネ(^^;)


    「はじめ人間ギャートルズ」で原始人たちが酔っ払って「プハァ〜〜!」と
    やる飲み物とは、蒸留酒に違いない(^^;)


    フランス語ではオードヴィ、つまり「生命の水」と言いますよね。
    イタリア語でもアックアヴィーテです。acquavite

   
   少し脇に逸れました・・・・(^^;)

   で、地理の話が終わると今度は家族の話です。
  
  ヤコポさんが見せてくれたのがポーリ家の家計図です。

   「お父さんがアントニオ、そのお父さんがジョヴァンニ、そのお父さんがジョヴァッタ
   そのお父さんがジョヴァンニ、そのお父さんがジョヴァッタ、そのお父さんが
   ジョヴァンニ・・・・・」

   もうええっちゅうねん!

   思わず吉本的にツッコミをいれたくなるほどにジョヴァンニとジョヴァッタが交互に
   現われる家系図です。

  さらに「アントニオ、バッティスタ、アントニオ・・・」などと変わって、「ポーロ」さんに
   行き着きます。

  苗字を名乗ることが義務付けられたとき、それは家の場所を示すものであったり
  また仕事の名前であったり、はたまた主の身体の特徴を現すものであったりと
  様々な苗字が出来たそうですが、ポーリ家の先祖は、その昔非常にリッチで
  あったポーロさんの名前をそのまま使用し、「ポーロの息子達」という意味合いを
  込めて複数形で名乗るようになったという事です。

  POLO(単数)  ⇒  POLI(複数)

  (マルコ・ポーロさんの苗字もそんな事情があったかもしれないですね。
   同じヴェネトの人ですし・・・)

  ポーロさんの代では、農家としてアジアゴチーズを生産したりもしていたそうで
  すが、あるジョヴァッタの代にグラッパ山の向かいにあるアジアゴ山の中腹で
  ワインの一杯飲み屋を開業し、酪農業からワインの世界に移ります。

  その居酒屋業を営みながらも後に麦藁帽子の生産者となり、ジョヴァッタの孫の
  ジョヴァッタの代でその商いの場をバッサーノ・グラッパに移し、商売を拡張させて  
  いきます。それが1800年代の最初の頃です。

  居酒屋を営んでいた関係上、原料であるブドウの絞り粕を手に入れることが
  非常に容易だったために、今度はワインの世界からグラッパの世界に移って 
  いきます。

  最初に稼動したのはたったの3つの銅製の蒸留器(ボイラー)だったそうです。
 
  おじいさんの代に4つ目のボイラーを足しました。

  お父さんの代にさらに4つのボイラーを買い足しました。

  そしてヤコポさんの代でさらに4つのボイラーを足して全部で12個のボイラーが
  並ぶことになります。


              
   グラッパ生産の基礎を築いたお父さん兄弟が右下の小さな3人の子供で・・・・・

            
   別の壁に掲げられたこの写真の前列にいらっしゃいます(笑)
   ヤコポ氏は後列右です。

   ポーリ社設立100周年を祝うセレモニーの写真がいくつか飾られて
   いました。7年前に行われたもので、教会の中に老若男女がひしめき
   あっています。


   「ポーリ社の100年に関ってきた街の人たちを全員ご招待して盛大な
   パーティーを開きました。いや〜〜、感慨深かったですね。家族経営の
   小さな会社でありながら、この街の人ととともに経済的な発展に少な
   からず貢献できると分かったのですから!!」


   とても長い家族の歴史のお話を聞いたあとだったので、僕もいっしょに感動
   してしまいました(^^;)


  

  ◎蒸留所へ!

  

   家族の話を伺った応接室から隣の蒸留所に案内されると、プ〜ンと
   強いアルコール臭とグラッパらしい甘い香りが立ち込めています。

   「鼻を突く」という感じではありません。何か重厚なまったりした空気に
   覆われるような感覚です。

   そしてそこには、先ほどの話に出てきた決して大きいとはいえない蒸留器が
   12機並んでいました。


  

   「作業を見ていただけないのが本当に残念なんですけど、昨日の夜9時まで
   そして、明日の朝4時からここは稼動してるんですよ!」

   そう言いながらヤコポさんがボイラーの蓋を開けて、下に溜まった蒸留し終えた
   ブドウのかすを手にとって見せてくれます。
   

  

  ◎グラッパとブランデーの違い

  「これがヴィナッチャ(ブドウの絞り粕)です。あんまり見た目には良くないのですが
   非常に興味深いことに、この皮の中にこそ、ブドウの香りのほとんどが凝縮されて
   いるんです」

  ですから、ワインよりも果皮の中にこそ香りが凝縮していると言えます。」

  「ブドウの果皮を蒸留するととてもアロマが豊富なんですが、もしワインを蒸留しても
  果皮を蒸留するほどアロマはありません。」

  「だからこういう理由で、コニャックやアルマニャックという蒸留酒は熟成を余儀なく
  されている。そうでもしないと香りがないからです。

  これこそ、ブランデーやウィスキーが熟成を要する最大の理由です。」


  ◎二つの蒸留法

  ヴィナッチャを満たしたボイラーの下から蒸気を当ててヴィナッチャを温めます。

  温められたヴィナッチャから香りを含んだアルコール分が揮発して管を通って
  凝縮されていきグラッパとなります。

  一回の蒸留で約3時間を要し、10〜12リットルのグラッパが造れます。

  この数字は決して大量生産のものではありません。手間がかかり、同時に
  室内は湿気と熱気で充満していますからすごく体力を消耗します。

  細かいプロセスは割愛しますが、この麦藁帽子をかぶったところでアルコール度
  が計測され、グラッパの蒸留が完成します。

  すべてのプロセスの機器に行政が認可した刻印が押されていて、密造に対する
  厳しさが伺えます。

  それにしてもこの麦藁帽子・・・・かわいいね。

  

  このシステムがグラッパ醸造の昔ながらのやり方でディスコンティヌオ
  (単式蒸留)
と呼ばれています。

  100年前には、この製法でグラッパを生産する生産者がイタリアに2000
  ありました。

  そして、手間のかかるこの方法での賃金的な問題が表面化した1970年代の
  終わりに、もう一つの工業的で効率的な蒸留法が生まれます。

  この蒸留法はコンティヌオ(連続蒸留)と呼ばれていて、ヴィナッチャが連続して
  ボイラーに運ばれ、連続して出て行く方法です。

  この方法ですと、一人の人間が一日にトラック15台分のグラッパを生産できます。

  それに対して、こちらのディスコンティヌオ法は6人でトラック1台分です。ですから
  非常にコストの面で高くつきます。

  ただ、出来上がる製品の質は、完全に違ったものになります。

  工業製品の方は、美味しくない、というべきものではありませんが、つねに
  同じ質で個性の感じられない味わいです。

  この工業的な蒸留所は現在全国に34あるのですが、彼らの存在が
  ディスコンティヌオの職人的蒸留の生産者を廃業へと追いやってしまいました。

  2000あった生産者が現在は89に減ったのです。

  ですから、グラッパの全生産量のうち80%以上がコンティヌオ(連続蒸留)の
  工業的な大量生産のグラッパです。


  
  ヴィナッチャの山!


  
  ここには赤ワインの若い香り・・・ちょっとヌーボーのような香りとアルコール臭が
  充満していました。


  
   出荷を待つグラッパたちですが、「サッシカイア」「オルネッライア」など
   イタリアを代表する有名ワインのグラッパもここポーリ社に委託されて
   蒸留され出荷を待っていました。


  

   地下の熟成倉庫です。フレンチオークが各部屋に貯蔵されていました。


  

  実験的に並べられたグラッパ。一ヵ月ごとの色の変化が楽しめます。


   ヤコポ・ポーリさんとのツーショット

  
  「残念ながら法律的にもディスコンティヌオ製法は守られていません。
   つまり、製法の表記が義務付けられていないので、工業製品組は
   当然表記せずにリリースできますので、消費者にはこの違いが理解される
   ことがありません」

  「それに、もし名前を知っていても「コンティヌオ=連続」と「ディスコンティヌオ
   =非連続」だと、どうしても「ディス=非」があるほうがネガティブに捉えられ
  そうですネ」
   と僕が言うと、

  「ブラーヴォ、その通りですよ。我々の工業製品に対する戦いはこれからも
   続きますよ!」と微笑を絶やさないヤコポさん。
   

  「ですから、その違いについて、ここで皆さんにご説明することをいつも楽しみ
   にしているんです!多くの方にここにいらしてもらいたいものです!」


  その後、蒸留所は、地元酪農農家のご一行様が入ってきて、静寂から
  喧騒へと一変しました。

  大声でわめき散らして、蒸留所にはほとんど関心がなく、「早く飲ませろよ!」
  みたいな雰囲気で、ちょっとビビッてしまいました(^^;)。

  ヤコポさんはウィンクしながら「ここは、あなた方日本人のような慎ましい人達
  ばかりではありませんからね」と言ってショップのほうに戻っていかれました。


  

  外に出て唖然としました。地元酪農農家ご一行様は、クラシックカーの
  コレクターでもあるようで(なんじゃそれ!)、テイスティングとショッピングが
  終わると、前を走る国道を大渋滞の混乱に陥れながらも一向に気にも留め
  ない様子で、我が物顔で美しい車で列を組みながら去っていきました。

  日本にはミニクーパーで団体になって走っている気持ち悪いグループが
  いますが、それがフィアットやらフェッラーリやら、アルファロメオになって
  暴走族風になる・・・・それもかなりお歳を召されたおじさんたちに代わるのが
  イタリアの田舎者のようです(^^;)


  それはさておき・・・・


  蒸留所の雰囲気が僕は大好きになりました。

  稼動しているところが見られなかったのは残念でしたが、銅製ボイラーの
  美しいこと!!細い管があちこちに伸びていて、急に太くなったり、細くなったり
  空気はグラッパ特有のフルーツの甘みとちょっと玉ねぎとかにんにくのような
  刺激的な野菜香で充満している。

  実を言うとアルコール度の高いものはそれほど得意ではないのですが(^^;)
  しかし、このグラッパの質感ならもっともっと浸っていたい!!そう熱望させる
  クラッシックな職人的グラッパの蒸留所でした。

  今度ポーリさんにお会いできるのはいつのことでしょうか・・・。



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